生前に、遺された家族のことを思って遺言書を作成していても、内容次第では思わぬ負担となってしまうことがあります。
遺言書は故人の気持ちを尊重した相続ができるため、本人にとっても家族にとっても、遺言書を書くことはとても大切なことですが、法的な効力が強く書かれている内容には絶対従わないといけないようなイメージがありますよね。
今回は、遺言どおりに相続することが難しい場合はどうすればいいのか、実際にあった相談内容をもとに解説していきます。

公正証書遺言があっても「家族の話し合い」で見直せる方法
相談内容
「父が亡くなりました。生前に公正証書遺言を作っていて、
『自宅土地と預金は母に、賃貸アパート(土地・建物)は長男と長女に2分の1ずつ相続させる』
と書かれています。
ところが、そのアパートには1億円の借金が残っていました。
このまま遺言どおりに分けると、私たち子どもが多額の借金を背負うことになってしまいます。
遺言の内容を、家族で話し合って変えることはできないのでしょうか?」
公正証書遺言は「絶対」ではない
「公正証書遺言があるから、書いてある通りにしないといけない」と思っている方は多いですが、実はそうではありません。
法律上、相続人全員が合意すれば、遺言の内容を変更して遺産を分け直すことが可能です。
これを「遺産分割協議」といいます。
つまり、亡くなった方の意思を尊重しつつも、現実的に無理がある内容であれば、家族の合意によって“修正”ができるのです。
ただし、相続人のうち一人でも反対する人がいれば変更はできません。
今回のように、相続人が「母・長男・長女」の3人で、全員が同じ考えであれば、新たに「遺産分割協議書」を作成して進めることができます。
なぜ遺言どおりに分けると借金まみれになってしまうのか
今回のケースでは、アパートに多額の借入金が残っていることが問題です。
相続税の計算では、アパートの評価額は実際の時価よりも低くなりやすいため、帳簿上は「プラス財産」に見えても、実際は借金のほうが多く、子どもたちが借金を引き継ぐ形になってしまうのです。
| 財産内容 | 評価額 | 備考 |
| アパート(土地・建物) | 7,500万円 | 相続税評価額 |
| 借入金 | ▲1億円 | 銀行ローン残高 |
| 純資産 | ▲2,500万円 | 実質マイナス財産 |
長男・長女がこのアパートを2分の1ずつ相続すると、それぞれが約1,250万円のマイナスを背負う計算になります。結果、相続税対策のための効果は薄れることになります。
しかも、アパートを共有(2分の1ずつ)で持つと、あらゆる決定に両者の同意が必要。
修繕、建替え、売却のたびに意見が割れ、経営が止まってしまうケースも少なくありません。
このままでは、せっかくの相続が「負担」になってしまいます。
解決策① 家族で話し合い、現実的な分け方に変更
まず考えられるのが、3人で話し合い、より現実的な分け方を再構築する方法です。
【案1:アパートは母が相続し、子どもに金銭補填】
- 母がアパートと借入金をまとめて引き継ぐ
- 長男・長女には将来の相続や生前贈与でバランスを取る
これなら、借金返済やアパート管理を母が一元的に行うことができ、事業の一貫性も保てます。
【案2:アパートを法人化して“家族で運営”】
将来にわたって賃貸事業を続けたい場合は、資産管理会社を設立してアパートを移す方法もあります。
会社が借入金を引き継げば、個人の債務超過を避けられます。
ただし、法人化には譲渡所得税や登録免許税、不動産取得税などのコストが発生します。
事前に税理士とよく相談し、シミュレーションを行うことが大切です。
解決策② 遺留分にも配慮してバランスを取る
家族の話し合いで分け方を変える場合、**誰かの取り分が極端に減ると「遺留分侵害」**になるおそれがあります。
しかし今回のように、母・長男・長女の3人全員が納得しているなら問題はありません。
トラブルを防ぐためには、
- 全員の署名・押印入りの「新しい遺産分割協議書」を作成
- 必要なら司法書士に依頼して登記もやり直す
といった手続きをきちんと残しておくことが大切です。
相続税申告との関係
相続税の申告は「相続開始から10か月以内」です。
この期間内に話し合いがまとまらない場合は、いったん「未分割」のまま申告することが可能です。
その後、分割が成立した時点で「配偶者控除」や「小規模宅地の特例」などを適用できるようになった場合は、更正の請求や修正申告で税額を調整できます。
ただし、一度「遺言どおりに分けて登記まで完了」させた後に、単なる家族の話し合いで再分割しても、更正の請求は認められません。
期限に追われて慌てて登記してしまうと、後から柔軟な対応ができなくなるため、まずは税理士に相談のうえ「未分割申告+後日調整」を検討しましょう。
ときには家族の想いも尊重することも大切
相続は、「法律どおり」よりも「家族が納得できる形」で行うことが大切です。
公正証書遺言があっても、現実にそぐわない内容であれば、冷静に再設計することが可能です。
とくに「借入付き不動産」がある場合は、
・財産と借金の全体像を把握する
・共有を避けて、管理できる形に分ける
・税務・登記・ローン契約を一体的に整理する
この3つのステップを意識すると、トラブルを防ぎながら円満に進められます。
| ポイント | 内容 |
| ✅ 公正証書遺言でも変更可能 | 相続人全員が合意すれば「遺産分割協議」で見直せる |
| ✅ 共有相続は避ける | アパート経営や修繕でトラブルのもとに |
| ✅ 借入金の扱いは再協議できる | 銀行と連携して安全な形に |
| ✅ 税務上の調整も可能 | 「未分割申告」や「更正の請求」で対応 |
| ✅ 専門家に早めに相談を | 税理士・司法書士・銀行の連携がカギ |
遺言は遺した人の思い。けれど、実際に引き継ぐのは“今を生きる家族”です。
借金や管理の現実を無視して無理に進めるより、家族全員で冷静に現状を整理し、“運営・借金・税金”の3つの視点で最適な形を考えましょう。
公正証書遺言があっても、「話し合いによる再設計」で円満な相続は実現できるのです。



