1.「名義人が認知症に」 — それは突然やってくる
相続や土地の売却、賃貸契約、農地の転用などを進めようとしたとき、「名義人であるお父さん(お母さん)が認知症になってしまっていた」というご相談は少なくありません。
「家族だから代わりに手続きできるでしょ?」と思われがちですが、実はこれは法律上できないのです。
理由は、「本人の意思に基づいて行動する」という大原則があるからです。
認知症で判断力が十分でないとみなされると、不動産の売却・贈与・遺言書の作成などは無効扱いとなってしまいます。

2.認知症になると起こる主な問題点
(1)土地の売却や贈与ができない
たとえば、介護費用をまかなうために土地を売却したいと思っても、所有者本人が契約の内容を理解できない状態では売買契約が成立しません。
また、「元気なうちに子どもに名義を移そう」という贈与もできなくなります。
(2)遺言書が作れない
遺言書は「自分の意思で書く」ことが大前提。
認知症の程度が進んでいると、作成しても無効と判断されるリスクがあります。
せっかく残した遺言がトラブルの火種になることもあります。
(3)相続税や固定資産税の納税に困る
土地をどうするか決められないまま時間が過ぎ、納税資金の準備や土地活用が進まないケースも少なくありません。
「誰も動かせない土地」が家族の負担になるのです。
(4)農地や賃貸物件の管理が止まる
農地の貸し借りや、賃貸アパートの契約更新なども「所有者の判断」が必要です。
放置すると契約更新や修繕の手配もできなくなり、収益が途絶えることもあります。
3.では、どうすればいいのか — 主な解決策
(1)元気なうちにできる準備:「任意後見契約」
認知症になる前に、「将来、判断できなくなったときに自分の代わりに動いてもらう人」をあらかじめ契約で決めておくのが任意後見制度です。
✅ ポイント
- 公正証書で契約を結び、後見人を自分で指定できる
- 将来、家庭裁判所に申し立てて発動する
- 預金管理や不動産売却など、契約内容の範囲で柔軟に対応できる
✅ メリット
- 家族の意思が尊重される
- 不要な裁判所の関与を減らせる
- 認知症になってもスムーズに手続きが進められる
(2)すでに認知症になってしまった場合:「成年後見制度」
もし、すでに本人が判断できない状態であれば、家庭裁判所に成年後見人の選任を申し立てます。
✅ 成年後見制度の概要
- 家庭裁判所が後見人を選ぶ(家族、または専門職)
- 後見人が本人の財産を管理・契約代行する
- 裁判所の監督下で行われる(定期的な報告義務あり)
✅ メリット
- 不動産売却などの法的行為が可能になる
- 悪質な業者からの財産被害を防げる
⚠ デメリット
- 家庭裁判所の許可が必要な手続きが多く、柔軟性に欠ける
- 費用(報酬)がかかる
- 一度始まると「本人が亡くなるまで続く」
(3)資産承継と管理を両立させる:「家族信託(民事信託)」
最近注目されているのが家族信託です。
これは、親(委託者)が自分の財産を子ども(受託者)に託し、「どう使うか」をあらかじめルールで決めておく仕組みです。
✅ 家族信託の活用イメージ
- お父さん(委託者)が所有する土地を、息子(受託者)に信託
- 息子がその土地を管理・売却し、得たお金をお父さんの生活費や介護費に充てる
- お父さんが亡くなったら、その残った財産を指定した相続人に渡す
✅ メリット
- 家庭裁判所の関与が不要で、柔軟な運用が可能
- 認知症後も資産を動かせる
- 相続発生後の手続きもスムーズ
✅ 注意点
- 信託契約の設計を誤ると、税務や相続で不利になる場合も
- 専門家(司法書士・税理士・弁護士)に相談して設計するのが安全
4.「元気なうちに動く」ことが最大の対策
認知症は、発症してからではできることが限られます。
最も重要なのは、判断能力があるうちに準備することです。
早い段階から次のようなステップを踏んでおくと安心です。
| ステップ | 内容 | 主な関係書類 |
| ① 家族で話し合う | 将来どうしたいか、誰が管理するか | メモ・家族会議記録 |
| ② 財産の見える化 | 土地・預金・保険の整理 | 財産一覧表 |
| ③ 専門家に相談 | 相続・登記・税務の確認 | 相談記録 |
| ④ 契約を整える | 任意後見契約・家族信託など | 公正証書・信託契約書 |
土地は一度「動かせなく」なると、家族が困ります。
・売りたくても売れない
・貸したくても貸せない
・税金だけがかかり続ける
こうしたトラブルを避けるためには、元気なうちに、未来のための準備を整えることが何よりも大切です。
「親が認知症になってしまったけれど、もう手遅れですか?」
そんなご相談でも、成年後見制度や家族信託を活用することで「できること」はまだあります。
早めに専門家に相談し、家族の想いを形にしていきましょう。
準備をしておけば、「土地が家族を困らせる」ことはありません。



