今回は、田舎で多くの土地を持つ地主であったお父様が亡くなり、その財産のうち“本来あるはずの1億円のタンス預金が見当たらない”というケースについて、調査官がどのように調査し、どのように判断するのかを解説しましょう。

国税局ではKSKシステムというものがあり、過去のデータを集積しております。
■事例の概要(簡易整理)
15年以上前、お父様の土地が収用され、約5億円の補償金を受領
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申告・納税済
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手残り 約4億円強 のうち
- 現金 1億円 …タンス預金
- 残り 3億円 …保険・投資信託で運用
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1年前、お父様が死亡
保険と投信は申告したが、1億円の行方がわからない
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仕方なく「ないもの」として申告
ここから、調査官が動き出すと何が起きるのかを見ていきます。
■国税調査官が最初に行うこと:KSKによる情報照合
調査官はまず、申告書を見た段階で次の違和感に気づきます。
「15年前の収用で4億円超の現金が生じているのに、その後の資産の推移に説明がつかない」
KSKシステムでは、以下をすぐに確認できます。
- 過去15年分の所得税申告内容
- 過去の不動産売買・収用履歴
- 過去の銀行の支払調書
- 保険契約の加入・満期・解約履歴
- 証券会社の保有履歴
- 生命保険金支払調書
- 贈与税の履歴(誰に贈与したかまで一覧化)
そして調査官はこう考えます。
「1億円のタンス預金が本当に存在していたのか」
または
「申告されていない資金移動(贈与など)があったのではないか」
この“疑問点”が調査の出発点になります。
■調査官が次に行うこと:銀行照会(任意調査)
KSKで概要が把握できたら、次に行うのが金融機関への照会です。
これにより、
- 過去15年以上の預金の動き(バックアップ等で追跡可能)
- 大口入金・大口出金
- 家族名義口座への資金移動
- ATMや窓口での引き出し時期
- 書面取引の有無
こうした“資金の流れ”が明らかになります。
◆調査官が特に注目するのは以下
- 収用金5億円が実際にどのタイミングで引き出されたか
- 本当に1億円を現金化したのか、または一部か
- その後の現金引き出し・預け入れの記録はないか
- 家族名義の口座へ移った形跡はないか
- 多額の保険契約、解約金、途中支払いはないか
ここで、もし次の事実が見つかれば、調査は一気に進みます。
- 直近10年以内に“多額の現金引き出し”
- 子・孫名義の預金に不自然な入金
- 不自然な大型消費の支払記録
こうした「名義預金」や「隠れ贈与」は、極めて典型的な相続税否認項目です。
■タンス預金1億円が「本当に存在した」と判定される条件
調査官はタンス預金を“否認するために来る”わけではありません。
実務では、次が明確になれば「存在していた」と認めます。
- 収用金から確実に現金が引き出されている
(銀行記録や通帳の履歴で確認) - その後、再び銀行に入った形跡がない
- 高額消費の支出がない(使ってない)
- 贈与や移転の形跡がない
- 生活費や趣味嗜好に合わない支出がない
この5点が揃っていれば、“なくなった1億円は、おそらく生前に散逸したのだろう(紛失・盗難・管理不十分等)”と扱うこともあります。
特に、今回は「15年以上前」という時間の経過もあり、税務署としても無理に課税するのは困難です。
■一方で、「不存在」と主張した場合に起きること
タンス預金は、申告者が存在しないと主張すると調査官は疑うという性質があります。
理由は「相続税の過少申告を避けるために“なかったことにする”例が非常に多い」からです。
調査官は、次の順で追及します。
①「本当に1億円の現金を父が持っていた証拠を見せてください」
- 引き出し時の通帳記録
- 大口の着金記録
- 家の中の金庫の有無
- 生前にお父様が“現金で管理している”と話していた証言
こうした“物的・人的証拠”を要求します。
②証拠が乏しい場合
次の推論が立ちます。
タンス預金1億円は本当は存在せず、誰かの名義預金や贈与などに変わっているのではないか?
すると調査官は、次の調査を始めます。
・子ども名義の預金の入金履歴
・孫名義の預金(教育資金名目など)
・配偶者名義の預金の増加
・兄弟親族への不自然な送金
・生命保険料の支払いの原資
これは“名義預金調査”の王道です。
■調査官が最も重視する証拠は「家族名義の預金の増加」
調査官が否認するときの典型的パターンは次です。
「収用の直後から、家族名義の預金残高が急増している」
→ 贈与と認定されれば
→ その資金は父の相続財産に戻される
相続人側が「父の贈与だった」と主張しても、
- 生前贈与契約書なし
- 入金を受けた側が当時働いていない(収入がない)
- 贈与税を納めた履歴がない
こうした状況だと、高確率で「名義預金」とされます。
■今回の事例でどう処理されるか(結論)
今回のケースのポイントは次の3点です。
① 収用から15年以上経過している
税務署は「古すぎるお金」ほど実態を立証しにくく、否認しづらい。
② 保険と投信の申告は済んでおり、不自然な隠蔽行為が見られない
通常、不正を隠す人は金融資産からも逃げますがその形跡がない。
③ 1億円の現金の所在について、調査官が追える証拠は限定的
銀行には記録が残っても、“現金化された後の行方を証明するのは極めて困難”。
そのため実務では、
(A)「引き出しの証拠はあるが、その後の散逸の可能性もある」
→ 追徴なしで終わる可能性が高い
または
(B)家族名義口座の増加や不自然な消費が見つかれば
→ 名義預金または贈与認定され、追徴課税が発生する
つまり結果は、1億円の行方を裏付ける “周辺証拠次第”です。
■相続人としてできる最善の対応
調査が来る前に、相続人側で用意しておくべき資料は以下の通りです。
- 収用金の入金と、その後の引出履歴を示す通帳
- 父の生活状況、浪費がなかったことを示す書類
- 家族名義の預金に不自然な増加がなかった証拠
- 父の保管癖(現金主義だった等)を示す証言
- 生前に現金を管理していた場所(金庫等)の存在
こういったものを揃えて説明すると、調査官は「故人が管理できず散逸した」という見方を取りやすくなり、過度な追及は避けられます。しかし、実際はあったものが無くなってしまっているので大きな損失になります。
今回の事例では、
「1億円が“本当に存在していた”ことを証明できるか」が最大の論点になります。
調査官は、KSKや銀行照会で資金の流れを徹底的に調べますが、15年以上前の現金化という点は実務上追及がしづらく、証拠に乏しければ追徴課税を断念するケースも多いです。
しかし、家族名義預金の増加、保険料の支払い原資など、隠された資金移動が見つかれば即座に課税対象となります。
相続税調査は「何を隠したか」より「見つかる証拠が残っているかどうか」で結論が決まる
という点が最も重要です。いずれにせよ、タンス預金は紛失、盗難など老齢化と共にリスクが生じるものですから管理は家族で行っていただきたいものです。



