親が子どもの預金を管理する、夫の給料を定期的に妻の口座に振り込んでおく、などよく聞く話ではないでしょうか?
実際、子どもが小さいうちは預金の管理を自分で行うことは難しいですし、生活費の支出のためには妻の口座に振り込んでおかないと日々の生活に支障が出る、という状況は誰にでも起こりうる本当によくあるお話だと思います。
ただ、相続の現場となると話が違ってきます。
今回は、実際にあった事例をもとに、相続税の調査ではどのような対応が必要になるのかを専門の税理士にインタビューしました。
税理士:境内 生

― 相続の調査では、預金の名義が家族のものであっても「実際は被相続人のものだ」と指摘されることがあると聞きます。なぜそんなことが起きるのでしょうか?
はい、実は名義だけで判断できないケースが多いのです。
特に地主や事業をされていた方の相続では、家族名義の預金の一部が実質的に被相続人(亡くなった方)のものと認定されることがあります。
これは「名義預金」と呼ばれるもので、相続税の課税対象になります。
― なるほど。ではどういったときに「名義預金」と判断されるのでしょうか?
判断の基本は、「そのお金を実際に誰が管理・支配していたか」です。
つまり、預金の名義人が誰であっても、
- 通帳や印鑑を誰が持っていたか
- 預け入れ・引き出しを誰がしていたか
- 入金の原資(お金の出どころ)は誰か
こうした点を総合的に見て、「実質的に被相続人のお金」といえるなら名義預金とされます。
【事例①:母名義の預金が実は父の資金だったケース】
― 具体的な事例を教えてもらえますか?
例えば、ある地主のAさん(父)が亡くなったケースです。
Aさんの相続人は妻Bさんと二人の子ども。
調査を進めると、妻Bさん名義の預金が2,000万円ありました。
しかし、預金通帳と印鑑は生前ずっとAさんが管理しており、入金はすべてAさんの不動産収入からの振込。
Bさん自身は一切引き出したこともありません。
― つまり、名義は妻(Bさん)でも、実質的には夫(Aさん)の管理下にあったのですね。
その通りです。このような場合、「妻名義預金=被相続人Aさんの財産」と判断します。
形式上はBさんの名義ですが、実際の経済的実態はAさんのものなので、この2,000万円も相続財産に含めて課税されます。
【事例②:子どもの預金口座に毎月「お小遣い振込」が続いていたケース】
― 子ども名義の預金も対象になることがありますか?
はい。例えばAさん(父)が毎月10万円ずつ、大学生の長男Cさん名義の口座に振り込んでいたとします。
その口座の通帳と印鑑はAさんが保管しており、Cさんは一度もお金を引き出したことがない。
こうした場合は、「子のための贈与」ではなく「父の資金を父が管理しているだけ」とみなされます。
つまり名義だけ子どもで実質は父の預金です。
― 贈与ではなく、あくまで父の財産のままということですね。
そうです。正式に贈与として認められるには、
- 贈与する意思(贈与契約)が明確であること
- 贈与を受けた側が実際にそのお金を自由に使える状態にあること
この2つが必要です。
単に名義を変えてお金を動かしても、実際の支配権が被相続人のままなら贈与とはいえません。
【事例③:妻のへそくり預金にも課税されるのか】
― では、妻がこっそり貯めた「へそくり」も調べられるのでしょうか?
実はそこもよくある質問です(笑)。
結論から言うと、「へそくり」の原資がどこから来たかがポイントです。
たとえば、夫からもらった生活費の中で妻が節約して貯めたお金なら、その時点で妻が自由に処分できる資金になっています。
したがって、これは妻自身の財産であり、相続税の対象ではありません。
― では逆に、夫の口座から直接妻のへそくり口座に振り込まれていたら?
その場合は要注意です。夫が「妻のために管理していた預金」と認定される可能性があります。
つまり、名義は妻でも実質は夫の財産です。
この区別は、入金の原資と管理実態で判断されます。
調査官の視点:着眼点は誰が動かせたのか
― 調査では、どんな資料をもとに判断するのですか?
調査官は、相続開始前5年分くらいの預金通帳、出入金明細、印鑑の所在などを詳しく見ます。
また、入金元の口座や収入記録(賃貸収入・年金・売上など)も突き合わせます。
さらに、誰がATMで引き出したかを金融機関の記録で確認することもあります。
被相続人(亡くなった方)が管理していた痕跡(入金指示、印鑑保管、記帳など)が明確なら、たとえ名義が配偶者や子であっても、「実質は被相続人」と判断されます。
【よくある誤解とその落とし穴】
― 「贈与税は払っていないけれど、もう何年も前に子ども名義にしてるから大丈夫」と思っている人も多いですよね。
そこが大きな誤解です。
贈与は「名義を変えた日」ではなく、「実際に贈与が成立した日」が基準です。
その成立要件である「贈与の意思」と「受贈者(贈与を受けた人)の支配」が欠けていれば、10年前でも名義預金として相続税の対象になります。
― では、税務調査で名義預金とされないためにはどうすればいいですか?
きちんと贈与契約書を交わし、贈与税申告をしておくことが最も確実です。
それが難しくても、
- 通帳・印鑑を子ども本人に渡す
- 子が自分で管理・引き出して使っている
この実態があれば、名義預金とはされません。
【税理士からのアドバイス】
― 最後に、相続を控えている方にアドバイスをお願いします。
名義預金は、相続人が悪意で隠しているケースばかりではありません。
「昔からそうしてきただけ」「家族で管理していた」だけのことも多い。
しかし、税法上は実質で判断されるため、結果的に課税対象になってしまうのです。
生前に整理しておくには、
- 誰の資金なのかを明確にする(収入と支出の区分)
- 名義預金をなくす(家族名義であっても管理を移す)
- 贈与を行うなら、贈与契約書と申告を行う
これらを意識しておくことが重要です。
― なるほど。名義だけで判断せず、実際の「お金の流れ」と「管理の実態」が大事なのですね。
そうです。
調査の現場では、通帳を見ればその家の“お金の関係”が一目でわかります。
相続のときに「思わぬ預金」が課税対象にならないよう、日ごろから誰のお金かをはっきりさせておくことが、家族への一番の思いやりかもしれませんね。
まとめ
名義預金とは、名義と実質が異なる預金のこと。
相続税の課税対象になるかどうかは、
- 入金の原資
- 通帳・印鑑の管理者
- 実際の支配・使用の有無
これらの「実態」で判断される。
家族名義であっても被相続人が管理していれば、それは被相続人の財産。
逆に、受贈者が自分で使える状態にあれば、贈与として成立する。



