銀行は、口座名義人の死亡が確認されると即座に口座を凍結します。
口座が凍結されてしまうと、家賃や光熱費の引落が口座名義人になっているので支払いが止まってしまう、当面の生活費すら引き出せない、といったトラブルは本当によく聞きます。
実際にそのようなことが起きてしまった場合、どう対処すればよいのでしょうか。
専門の先生にお伺いしましょう。

― お父様が亡くなって、葬儀の費用などを支払おうとしたら銀行から「口座が凍結されていて引き出せません」と言われた、という相談が多いと聞きます。
そうですね。実際、この相談は非常に多いです。
銀行口座は、名義人が亡くなったことが銀行に知られた時点で「凍結」され、出金や振込ができなくなります。
これは民法第896条(相続の一般的効力)に基づくもので、亡くなった方(被相続人)の財産は一旦、法定相続人全員の共有財産になるため、勝手に誰か一人の判断で動かすことができない、という考え方なんです。
― なるほど。でも現実には葬儀費用や病院への支払いなど、すぐに必要なお金もありますよね。どうすればよいのでしょうか?
そうなんです。ここがまさに「実務で困るポイント」です。
法律上は凍結後の引き出しはできませんが、金融庁が2019年にガイドラインを出しまして、「葬儀費用や当面の生活費については、一定の範囲で引き出しを認める運用」が始まりました。
たとえば
- 上限:1金融機関あたり150万円まで
- 引き出しできる人:法定相続人のうち代表者(たとえば配偶者や長男など)
- 使途:葬儀費用・医療費など、被相続人に直接関係する支払い
というのが一般的な基準です。
― 150万円までなら、葬儀費用の一部はまかなえそうですね。実際の手続きはどうなるんですか?
銀行によって若干違いますが、だいたい次のような書類を求められます。
- 死亡届の写しや除籍謄本(被相続人が亡くなった証明)
- 相続人全員の戸籍謄本・住民票
- 相続関係を確認するための「法定相続情報一覧図」または「相続関係説明図」
- 他の相続人全員の同意書(代表者が引き出すことへの同意)
- 引き出し金額・用途の証明(葬儀社の見積書など)
これらを銀行に提出して、内容が確認できれば、相続財産の一部を代表者が引き出せます。
ただし、「150万円」というのは上限なので、必ずしも全額引き出せるとは限りません。たとえば、残高が100万円ならそこまでですし、葬儀費用の見積りが60万円なら、60万円までの支払いしか認められないケースもあります。
― 銀行に死亡の連絡をしなければ、口座は凍結されないままですか?
これもよくある質問です。
たしかに、銀行が「亡くなった」ことを知らなければ、口座はそのまま動かせてしまう場合があります。
しかし、それを知りながら引き出したり、後から他の相続人に無断で使ったことが発覚すると、「遺産の使い込み」としてトラブルになります。
実際、弁護士が入るケースでは「死亡後に○○万円を引き出したのは違法だ」として返還請求されることもあります。
葬儀などのための支払いであっても、あとで領収書などをきちんと残し、使途が正当であることを説明できるようにしておくのが重要です。
― では、相続が発生してから実際に口座の凍結が解除されるまで、どれくらい時間がかかるんでしょう?
目安としては、早くて2〜3週間、通常は1〜2か月程度です。
なぜなら、銀行は「誰が相続人か」「どう分けるか」を確認してからでないと払戻しに応じられないからです。
そのために必要なのが「遺産分割協議書」や「遺言書の写し」です。
遺言書があれば、それに従って銀行が払戻しに応じます。
遺言がなければ、相続人全員で話し合って「誰がどの財産を相続するか」を決め、その協議書に全員が実印を押して、印鑑証明書を添える必要があります。
― ということは、当面の資金が足りない時期をどう乗り切るかが大きな課題ですね。
まさにそこです。
実務では次のような「当面の資金確保策」を組み合わせて対応することが多いです。
| 資金確保方法 | 内容 | メリット | 注意点 |
| 銀行の仮払い制度 | 150万円まで | 正式な手続き前でも使える | 手続きが煩雑、全員の同意が必要 |
| 共同口座の残高利用 | 生計を一にしていた場合に限り使用可 | 生活費に充てられる | 後日説明が必要 |
| 生命保険金の請求 | 死亡保険金は非課税枠あり(500万円×法定相続人) | 早ければ数日で受け取れる | 相続財産ではないが税務申告必要 |
| 預金以外の現金・タンス預金 | 速やかに確認 | 手続き不要 | 管理に注意 |
特に生命保険は、最もスムーズに現金化できる手段です。
相続財産ではなく「受取人固有の財産」として扱われるため、銀行の凍結の影響を受けません。
― 具体的な事例を教えていただけますか?
はい。たとえば、実際にあったケースでご説明します。
- 被相続人:父(75歳)
- 相続人:母と子2人
- 預金残高:1,200万円
- 葬儀費用:200万円
- 医療費・入院費の未払:50万円
このケースでは、銀行に死亡届を出した段階で預金が凍結され、葬儀費用の支払いができなくなりました。
そこで銀行に「預金の仮払い制度」を申請し、見積書を添付して150万円を母が代表して引き出し。
残りの50万円は、父が加入していた生命保険金(300万円)から支払いました。
その後、1か月かけて遺産分割協議書を作成し、正式に全額を母名義の口座へ移すことができました。
このように、仮払い制度+生命保険の組み合わせが現実的な対応策になります。
― とても具体的でわかりやすいです。最後に、これから相続を迎える家族が「困らないために」今からできる準備はありますか?
はい。ポイントは3つです。
①預金の一部を生前から共同名義または配偶者名義にしておく
→ 亡くなっても凍結されない「生活費口座」を確保できます。
ただし、相続財産としての計上を忘れないように
②葬儀費用をまかなえる程度の生命保険に加入しておく
→ 死亡後すぐに受け取れて、非課税枠も活用可能。
③遺言書で相続の指定を明確にしておく
→ 銀行も遺言書があれば速やかに手続きを進められます。
こうした「生前の準備」があるかどうかで、相続後の混乱はまったく違ってきます。
― まとめると、「銀行口座は亡くなったら凍結される」のは法律上当然のこと。でも葬儀費用などは仮払い制度や保険金などで対応できる。最終的には遺産分割協議書で正式に解除される、という流れですね。
そのとおりです。
民法上のルール(第896条)を踏まえつつ、現実的な対応(金融庁ガイドライン、銀行の仮払い制度、保険の活用)を知っておくことが、安心につながります。
相続は「亡くなってから」ではなく、「その前の準備」で差がつくんです。
「相続は“争族”になる前に、家族全員で情報を共有しておくこと」
――これが、実務で一番大切なポイントです。



