― 大地主一家の相続に潜む“国際課税”の落とし穴 ―
税金は、国によって税率も種類もさまざまです。
今やインターネットも交通手段も一昔前とは比べ物にならないぐらい便利になったので、海外の資産を所有していたり、子どもが海外で住んでいたりするケースも珍しくなくなりました。
では、具体的にどのようなことに気をつけなければならないのでしょうか。
今回は、子どもが海外に住んでいる方の事例をもとに、税理士の先生にお話を伺ってみました。

【前提となる家族構成】
- ご依頼主(今回相続対策を検討中):日本在住の地主さん
- 奥様:同じく日本居住
- 子ども3人
・長男:アメリカ企業勤務、10年以上アメリカ居住
・長女:オーストラリア在住、国際結婚
・次男:日本で公務員
という構成です。
― このような家族で相続が発生した場合、相続税の課税範囲や申告義務はどうなりますか?
そうですね、最近、気になっている方も多いのではないでしょうか。
まず、相続税の課税関係を判断する際に最も大切なのは、「被相続人の居住地(住所地)」と「相続人の居住地」です。
このケースでは、地主であるお父様は日本で生活されているため、被相続人となる方は日本の居住者です。
したがって、原則として全世界の財産が日本の相続税の課税対象になります。
― つまり、アメリカやオーストラリアにある資産も日本で課税されるんですね?
そのとおりです。
「日本に住んでいる人が亡くなった場合」には、海外の預金、不動産、株式なども含めて日本の相続税の対象になります。
これを「全世界課税」といいます。
【海外居住の相続人にも課税される?】
― では、長男や長女のように海外に住んでいる子どもたちにも、日本の相続税の納税義務があるのですか?
あります。
被相続人が日本の居住者である以上、相続人の居住地がどこであっても日本の相続税の対象になります。
ただし、ここで重要なのが「住所」と「国籍」の関係です。
たとえば、長男が日本国籍を維持したままアメリカに住んでいる場合は、「住所は海外、国籍は日本」となります。
この場合、日本の相続税の課税対象者になります。
― もし、長女がオーストラリア国籍を取得して日本国籍を喪失していたら?
その場合は「外国籍・海外居住者」となります。
ただし、相続税法上は「過去10年以内に日本に住所があったかどうか」も判定に関係します。
もし結婚して10年以上経過し、日本を離れて久しい場合には、「日本の非居住者」として扱われる可能性があります。
この場合、日本で課税されるのは「日本国内にある財産」に限られます。
つまり、日本にある土地や預金などには課税されますが、海外資産には課税されません。
【納税義務の範囲の違い(整理)】
少し整理してみましょう。
被相続人が日本の居住者である場合、相続人の立場によって課税範囲は次のようになります。
| 相続人の立場 | 相続税の課税範囲 |
| 日本在住者 | 全世界の財産 |
| 海外在住・日本国籍あり(10年以内日本居住歴あり) | 全世界の財産 |
| 海外在住・外国籍で10年以上日本に住所なし | 日本国内財産のみ |
この区分で、長男と長女の課税範囲が変わってきます。
【海外居住者の相続税申告手続きの難しさ】
― 制度的な話は理解できましたが、実際の手続き面ではどんな苦労がありますか?
一番の問題は「日本の相続税申告手続きが全て日本語で行われる」ことです。
相続人の中に海外在住者がいると、
①遺産分割協議書への署名・押印
②印鑑証明書に代わる「署名証明書(サイン証明)」の取得
③マイナンバーの提示
④納税のための日本の銀行口座の確保
など、多くの手間がかかります。
特に在外公館での「署名証明書」の取得には数週間かかることもあり、相続税申告期限(10か月)に間に合わせるためには早めの準備が必要です。
【税務署とのやりとりもオンラインでは完結しない】
― 最近はデジタル化が進んでいると聞きますが、海外から電子申告することはできないのですか?
現時点では、相続税申告は原則として書面提出です。
e-Taxによる完全な電子申告はまだ一般的ではありません。
したがって、海外在住の相続人の場合は、日本の代表相続人や税理士に「申告代理権限証書」を出して手続きを委任するのが一般的です。
【二重課税の問題】
― 長男はアメリカに住んでいますが、アメリカでも相続税(正確には遺産税)がありますよね?
二重に課税されることはないのですか?
非常に重要なポイントです。
日本とアメリカ、また日本とオーストラリアの間には相続税(二重課税)防止の条約があります。
そのため、一定の調整措置がとられています。
例えば、同じ財産に対してアメリカでも課税された場合、そのアメリカで納めた税額を日本の相続税から「外国税額控除」として差し引けます。
ただし、手続きは非常に複雑で、外国の課税証明書などの英文書類を添付する必要があります。
現場ではここで多くの方が苦労されます。
― 実際の現場でトラブルになるのはどんな点ですか?
次のようなケースが多いです。
- 海外の銀行口座が相続財産として正確に把握できない
→ 英文明細の入手や残高証明書の取り寄せに時間がかかる。 - 海外在住相続人の連絡が遅れる
→ 分割協議書が期限内に整わず、未分割申告となる。 - 為替レートの換算ミス
→ 外貨建て資産は「相続開始日の為替相場」で円換算します。ここで誤差が出ると税額が変わります。 - 納税資金の準備
→ 海外口座から日本へ送金する際に、手数料や送金規制がネックになることがあります。
このように、海外居住者を含む相続では、税金そのものよりも手続き面の準備と時間管理が肝心です。
特に地主さんのように不動産が多い場合は、相続人全員の合意を得て分割内容をまとめるのに時間がかかります。
海外の相続人が日本に一時帰国できないケースも多く、リモートでの打ち合わせや署名証明書の郵送などを生前からシミュレーションしておくことが大切です。
― 最後に、今回のような家族に向けて一言お願いします。
海外に住んでいる家族がいるということは、もはや特別なケースではなくなっています。
しかし、相続税の世界では、いまだに「国内基準」が中心で制度が構築されています。
したがって、
- どの国に居住しているのか、
- どの国籍を保持しているのか、
- 日本との関係がどれほど残っているのか
を正確に把握することが、税務上の第一歩になります。
相続は「税金」と「家族関係」の両面から準備が必要です。
国境を越える時代だからこそ、早めに専門家に相談して、家族全員が安心して相続を迎えられるようにしておきましょう。



