「相続した土地を自分では使わないから、地域のために役立ててほしい」
そう考えて、市町村や国に寄付したいというご相談は少なくありません。
しかし、この「善意の寄付」も税務上は慎重な判断が必要です。
相続税の課税関係、寄付の可否、そして非課税が認められるケースには明確な条件があります。
今回は、相続財産の土地を国・市町村などに寄付した場合の税務上の取扱いと実務上の注意点を、具体的な事例を交えて解説します。

◆ 事例:相続した使わない土地を寄付したい
例として、次のケースを考えてみましょう。
- 被相続人(父)が所有していた郊外の宅地(評価額1,000万円)
- 相続人は長男ひとり
- 長男は都会に住み、その土地を使う予定がない
- 「父の地元の市に寄付して、公園や公共施設として使ってほしい」と考えた
この場合、税務と実務はどうなるのでしょうか。
① 相続税の原則:一度は課税対象に含まれる
相続税は、「相続によって財産を取得した時点」で課税関係が発生します。
したがって、寄付をする意思があっても、相続時にはその土地は一旦、相続人が取得した財産として評価され、遺産総額に含めて相続税を計算します。
つまり、寄付するかどうかに関係なく、相続税の申告書にはその土地をいったん含める必要があります。
② しかし!一定の要件を満たせば「相続税が非課税」にできる
ここで重要なのが、相続税法第21条の3第1項第2号です。
この条文により、
「相続または遺贈により取得した財産を、相続税の申告期限(相続開始から10か月以内)までに国・地方公共団体・公益法人などに寄附した場合」
には、その寄附に相当する価額については相続税を課さない(非課税)
と定められています。
👆 非課税が適用される寄付の主な条件
- 相続や遺贈によって取得した財産であること
- 相続税の申告期限(10か月以内)までに寄付を完了していること
- 寄付先が以下のいずれかであること
– 国
– 地方公共団体(都道府県、市区町村)
– 公益を目的とする法人(学校法人、社会福祉法人、公益財団法人など) - 公共または公益の目的に供するための寄付であること
これらの要件をすべて満たす場合、その寄付した財産(例:土地1,000万円)は相続税の課税対象から除かれます。
③ 寄付の時期と手続きに注意
非課税とするためには、「寄付の完了」が申告期限内に必要です。
つまり、口約束や意向表明ではダメで、実際に自治体との間で寄付契約が成立し、登記の名義変更(移転登記)が完了している必要があります。
たとえば、
- 相続税の申告期限が翌年1月末
- 12月に寄付の話を持ちかけても、自治体の議会承認や調査が間に合わない
というケースでは、期限に間に合わず非課税の適用が受けられないことになります。
したがって、寄付を検討する場合は、早め(相続開始から2〜3か月以内)に自治体へ相談することが肝心です。
④ 市町村が寄付を受けてくれないことも多い
実はここが現実的な最大のハードルです。
市町村は、寄付の申し出があっても簡単には受け入れません。
次のような理由で、寄付を断られるケースが少なくないのです。
- 公共の用途に適さない(細長い・崖地など)
- 土地の管理・草刈り・除雪などの維持費がかかる
- 境界や権利関係が不明確
- 土壌汚染や越境問題のリスクがある
- 受け入れても使い道がない
このため、実務上は「寄付をしたくても受けてもらえない」例が非常に多いのが現状です。
⑤ 寄付できなかった場合の選択肢
寄付が成立しない場合、土地は当然ながら相続人のままです。
相続税はそのまま課税され、固定資産税や管理の手間も続きます。
その場合、次のような代替手段を検討できます。
(1)国庫帰属制度(令和5年4月開始)を利用
不要な土地を国が引き取る制度です(法務局が窓口)。
ただし、境界・汚染・担保など厳しい要件があり、原則として負担金(20万円程度)が必要です。
(2)売却して現金を寄付する
不動産会社を通じて売却し、得た現金を市やNPOに寄付する方法です。
この場合、譲渡所得税はかかりますが、寄付金控除の対象となることが多く、実務的にはこちらの方がスムーズです。
(3)公益法人や社会福祉法人への寄付
市町村が受け取らなくても、地元の学校法人や社会福祉法人などが公共目的で受け取るケースもあります。
これも一定の条件を満たせば相続税非課税になります。
⑥ 相続税・所得税の整理
| 税目 | 内容 | 寄付した場合の取扱い |
| 相続税 | 相続時に一旦課税対象となる | 申告期限内に国・市町村・公益法人へ寄付 → 非課税(相続税法21条の3) |
| 譲渡所得税 | 通常は課税対象 | 国・自治体・公益法人への寄付は非課税(所得税法9条1項11号) |
| 固定資産税 | 相続時以後、名義人に課税 | 寄付後は不要(引渡し完了後) |
⑦ 実際の流れのイメージ
- 相続発生(被相続人死亡)
- 相続人が寄付を検討
- 市町村へ「寄付申出書」を提出
- 現地調査・議会承認(1〜3か月)
- 寄付契約締結・所有権移転登記
- 相続税申告書で当該財産を「非課税財産」として記載
※期限(10か月)を過ぎてからの寄付は非課税になりません。
⑧ まとめ
| ポイント | 内容 |
| 相続税の非課税 | 国・地方公共団体・公益法人へ申告期限内に寄付した場合に適用(相続税法21条の3) |
| 譲渡所得税 | 国や自治体への寄付は非課税(所得税法9条) |
| 手続きの期限 | 相続開始から10か月以内に寄付が完了している必要あり |
| 実務上の注意 | 自治体が寄付を受けてくれるとは限らない(事前相談必須) |
| 他の選択肢 | 国庫帰属制度、売却して寄付、公益法人への寄付など |
相続財産を寄付するというのは、社会貢献として非常に意義のある行為です。
しかし、非課税扱いになるためには期限と手続きの正確さが不可欠です。
また、市町村が必ずしも受け入れてくれるわけではないため、「寄付の意思を持ったら、まず自治体と税理士に早めに相談する」ことが何より大切です。
善意を確実に形にするために、制度を正しく理解し、専門家の助けを借りながら、スムーズな寄付手続きを進めましょう。



