「父の引き出しから遺言書が見つかりました。
……ところが数日後、今度は金庫から“別の遺言書”が出てきたんです!」
相続の相談現場で、驚くほどよく聞く話です。
しかし、「遺言が2通ある」という事実は、その瞬間から家族を争続の渦に引き込みます。

なぜ遺言書が「2通」も出てくるのか?
まず知っておいてほしいのは、遺言が複数存在すること自体は珍しくないという事実です。
理由は大きく3つあります。
① 人生の節目ごとに書き直している
- 子どもが結婚した
- 孫が生まれた
- 事業を整理した
- 不動産を売却・取得した
こうしたタイミングで、被相続人が「前の遺言はもう合っていない」と感じ、新しい遺言を書いているケースです。問題は、古い遺言を処分していないこと。
本人は「新しい方が有効になるからいいだろう」と考えていても、残された家族は混乱します。
② 自筆遺言と公正証書遺言が混在している
よくあるのが、
- 10年前:自筆証書遺言
- 3年前:公正証書遺言 というパターンです。
相続人の一人が自筆遺言を見つけて喜んだ直後、別の相続人が公証役場の存在を知り、全く内容の違う遺言が判明する。
この瞬間、家族の空気が一変します。
③ 誰かにだけ“有利な遺言”が後から出てくる
これは最もトラブルになりやすいケースです。
- 最初に見つかった遺言 → 法定相続に近い内容
- 後から出てきた遺言 → 特定の相続人に大きく偏った内容
「本当にこれ、本人が書いたの?」
「誰かが無理やり書かせたんじゃない?」
疑念が生まれ、感情の争いへと発展します。
法律上、どちらの遺言が有効なのか?
結論から言うと、原則はシンプルです。
日付が新しい遺言が有効
民法では、内容が抵触する部分については、後の遺言が前の遺言を撤回したものとみなすとされています。
つまり、遺言A:2018年、遺言B:2022年
であれば、2022年の遺言が優先されます。
ただし、ここからが現実の相続では厄介なのです。
「日付が新しい=自動的に有効」ではない場合
実務では、次のような問題が必ず浮上します。
✔ そもそも遺言として有効か?
- 日付が書かれていない
- 署名がない
- 加筆・訂正方法が不適切
自筆証書遺言では、形式不備で無効になるケースが非常に多いのです。
新しい遺言が無効なら、古い遺言が復活します。
✔ 本人の意思能力はあったのか?
特に問題になるのが、
- 認知症の診断後
- 入院中・施設入所中に書かれた遺言です。
「この時点で判断能力がなかったのでは?」という主張が出ると、遺言無効確認訴訟に発展することもあります。
✔ 誰かが隠していたのではないか?
「なぜこの遺言を今まで出さなかったのか?」
この疑問は、相続人同士の信頼関係を一気に壊します。
実際、遺言の提出を巡って感情的な対立が深まり、その後の遺産分割協議が完全に破綻するケースも少なくありません。
相続人が絶対にやってはいけない行動
遺言が2通出てきたとき、やってしまいがちなNG行動があります。
都合のいい遺言だけを使おうとする
「こっちの遺言の方が新しいから」「内容が公平だから」
理由はどうあれ、すべての遺言を開示する義務があります。
隠していると、後で発覚したときに信頼を完全に失います。
勝手に解釈して遺産分割を進める
遺言が複数ある場合、相続人の判断で有効・無効を決めることはできません。
専門家を介さずに進めると、「やり直し」「返還請求」という最悪の事態になります。
正しい対処法はこれしかない
では、どうすればいいのか。
① すべての遺言を冷静に整理する
- 日付
- 方式(自筆/公正証書)
- 内容の矛盾点
を一覧にします。
感情ではなく、事実ベースで整理することが第一歩です。
② 自筆遺言は必ず家庭裁判所で検認
検認をしないまま開封・執行すると、過料の対象になることもあります。
「面倒だから後で」は通用しません。
③ 早い段階で専門家を入れる
弁護士・司法書士・税理士など、相続を横断的に見られる専門家が理想です。
中立的な第三者が入ることで、相続人同士の直接対決を避けられます。
遺言があっても「安心」とは限らない
「遺言があるから、うちは揉めない」これは、相続現場では最も危険な思い込みです。
特に、
- 遺言が複数ある
- 内容が食い違っている
- 書いた時期が離れている こうした場合、遺言は火種になります。
だからこそ大切なのは、遺言を“見つけた後”の行動
冷静に、誠実に、専門家と共に進めること。それが、家族関係を壊さない唯一の道です。
「遺言が2通出てきた」その瞬間こそ、相続の本当のスタートラインなのです。



